我が子を英語ペラペラに ~多嚢胞卵巣症候群で体外受精、自然妊娠ともに経験して~

不妊治療の体験談、子どもが英語をペラペラに話せるまでを綴っていきます

子どもから親をクビにされないために

最近、「親業」という本を読みました☆

 

この本です(笑)

↓ ↓ ↓

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パッと見、何ちゅー怪しげな本なんだ…(´ー`)と、心の底から思いました。

 

 

そしてこの、胡散臭いオッさんは誰っ・・・!?て思いました。←失礼

 

 

なぜ、この怪しさ満点の本を読んだのかとゆーと、、、

(とても真面目な素晴らしい本です)

 

 

昨年、ある児童精神科の先生が児童虐待についてのお話をしている動画をたまたま見たのがきっかけなんですが、、(ーー;)

 

子どもを虐待してしまった親が、精神科に入院してしばらくの間治療を受けて、医師の指示のもと退院を迎えることになった場合、、、

 

退院した翌日から子どもをすぐにその親元には返さずに、しばらくの間様子をみるらしいのです。

 

なぜすぐに、子どもをその親もとへ返さないのか、、、、?

それは、まだその親が病院を退院したばかりだからなんですが。。。

 

医師いわく、育児=仕事であり、まだ退院したばかりの病み上がりの人間に、退院した翌日から仕事(育児)をさせるのは酷とゆーか、、、無理、、、というか厳しい…ということなのだそーだ。

 

私はその動画をみて、

はじめて「親業」という言葉を知りました。

 

親業とは、、、

アメリカの臨床心理学者、トマス・ゴードン博士(1918~2002)が考案した親教育プログラムのことです。

「親業=子育て」のことであり、「親業」を果たすということは、「一人の人間を生み、養い、社会的に一人前になるまでに育てる」仕事にたずさわること意味します。

 

世間では、さまざまな技術訓練、管理者訓練、社員訓練があり、また何々セミナーや講座など数限りない訓練の場があるのに、1日24時間労働の「親業」のための訓練の場がなかったことに対し、トマス・ゴードン博士は、子どもが育つ上で親がどのように子に関わるべきかという、親側に焦点を当てて子育てを見直す親教育プログラムを考案し、アメリカでたくさんの賞を受賞しました。

 

トマス・ゴードン博士いわく、

親には3つのタイプがいて「勝者型」「敗者型」「動揺型」に分類されるようです。

 

「勝者型」タイプの親は、子どもに対し権威や権力をふるうのは当然のことと考え、子どもの行動に制限をもうけ、ある特定の行動をすることを要求し、命令を下し、親である自分に従順であることを期待します。子どもが自分の言うことを聞くように罰の権威を利用し、子どもが自分のいうことを聞かなかった場合は罰を与えます。親の欲求と子どもの欲求が食い違う場合、つねに親が勝って子どもが負けるような形で問題を解決します。

 

「敗者型」タイプの親は、いつも子どもに大幅な自由を許します。制限を設けることを意識的に避け、自分たちは権威主義的な方法は子どもに使わないぞ!っと誇らしげな親です。親が欲することと、子どもが欲することとが対立する場合、かなりの一貫性をもって「勝つのは子ども、負けるのは親」という構図になろうとします。敗者型の親は、子どもに不満を残すのは子どもにとって有害だと考える傾向が強いです。

 

「動揺型」タイプの親は、親の中で一番多いタイプです。「勝者型」と「敗者型」の二つのやり方を適当に調和させて、厳格と寛容、制限と自由、勝者と敗者との間を揺れ動きます。

 

 

親はときどき、子どもに対して2つの異なった感情をもちます。

子どものしていることを受け入れる気持ち(受容)と、子どものしていることを受け入れれない気持ち(非受容)です。

 

子どもの行動のすべてを受容できる親などどこにも存在せず、子どもの行動の中には、親の非受容領域に入るものが必ず1つはあるはずです。

そのため、親が自分の本当の感情をはるかに超えた範囲で、子どもを受容しようとすると、親子関係に深刻な悪影響が生じるとトマス・ゴードン博士は指摘しています。親である自分の本当の感情を押し殺してまで、子どもへの受容領域を広げない方がよいことを親は理解すべきであると博士は述べています。

 

無条件に子どもを受容する必要はない!byトマス・ゴードン博士

 

幼児教育や脳科学の世界では、子どもが3歳になるまでは「叱ってはいけない」「褒めて伸ばしましょう!!」ってよくいいますよね〜( ´△`)

3歳までは親の非受容領域を子どもに踏み荒らされても、我慢、我慢、、、日々忍耐とゆーことなのですね(;´・ω・)(笑)

 

3歳からは親の言ってることがそれなりに理解できるようになり、物事を理論的に考えることができるようになるため、叱ってもいい時期になってくるようです。

 

 

 

トマス・ゴードン博士いわく子どもが3歳を超えても、子どもがすることを何でも許す親は、厳しすぎる親と同様に問題であり、甘やかされて育った子どもは、利己的で言うことを聞かず、協調性がなく、親の気持ちを考えようとしない人間に成長する可能性が高い傾向にあると述べています。

 

また、親に対して子が「家の仕事なんて何にもする必要なんかないよ。どうしてやらなきゃいけないんだ?僕の世話をするのは親の責任じゃないか。法律でそうするように義務づけられているだろう。僕が生んでくれって頼んだわけじゃないし。子どもが未成年の間は、親が食べるものを食べさせ、着るものを着せてくれなきゃいけないんだ。僕は何にもする必要はないんだ。親を喜ばせる義務なんてないんだから。」と言い、自分は何にも返さなくても、親が自分に尽くす義務を負っているという態度で子どもが成長するのを許してしまうと述べています。

(パラサイト虐待に発展しかねん・・・( ̄▽ ̄;))

 

 

子どもとはどうしても、親の邪魔をしたり、うるさくしたり、思いやりに欠け、子犬と同じで騒々しく、自分の要求を満足させようとして、要求ばかりすることが多いです。子どもがいることで、余計な仕事が増え、急いでいる時に遅くなるし、疲れていても相手をさせられます。静かにして欲しいときにうるさくするし、よそゆきのおニューの服に着替えさせた途端、服を汚す・・・など・・色々子どものことで大変な思いをさせられたことを言い出すとキリがないと思います。

 

結局親も自分の欲求を持っており、生きるべき自分の人生と生活があり、生きることから喜びや満足を得る権利もっているのですが、多くの親は自分を犠牲にし、家庭内でのいい立場や楽な立場を子どもに許してしまっています。「敗者型」タイプの親のもとで育つ子どもは、自分の要求を満たすように要求はしても、親の要求にはまったく無頓着であることが多い傾向にあります。

(って、この本に書いてます)

 

反対に「勝者型」タイプの親は、毎日自分の子どもに、命令、脅迫、忠告を繰り返し、子どもを黙らせ、やり込め、コントロールし、子どものメンツをつぶしまくります。その結果、子どもが親に思いやりを示さず、親に敵意や防衛反応を示すようになり、親には何も相談しなくなり、親の目を盗んで悪さなどもしたりするようになります。

批判、非難、バカにする、辱める、診断、分析、説教、指示などの言葉を吐かれて気分がいい人間などいません。これは子どもとて、一緒です。

 

また、子どもを放っておくという行為が少ない親も問題だと本に書かれていました。

親が子ども部屋のプライバシーを侵し、子ども個人のプライベートな考えの中に押し入り、子どもが自分と別人であることを許そうとしない親。。。

 

親は子どもに教えたいし、子どもに学んで欲しいと思っています。

子どもが間違えるといい気がしないし、子どもに対し内心高い望みを抱いていたり、他人が自分の子どもについてどう思うかを気にしていたり、子どもが自分を必要としていると思いたいものです。

子どもに干渉しないでいることは親にとって容易ではありませんが、「子ども」の世界観で世界を眺められる柔軟な親を持つ子どもは、良い反応を示すことが多いとトマス・ゴードン博士は本に書いてます。

 

子どもはみな、その人生で落胆、焦り、苦痛などを味わう場面に出くわします。子ども自身の人生を生きる上で必ず出てくる問題です。

あせりや戸惑い、心配、そして失敗すらも、子どもの問題であって、親のものではないのです。

 

ですが、ほとんどの親が、あまりにも多くの子どもの問題を自分の問題として抱え込み、親が子どもの問題を所有してしまいがちであるとトマス・ゴードン博士は指摘しています。

 

親業において、問題解決の責任を子どもに残しておくことが大切で、以下のことが親に求められます。

・子どもが「問題を所有する」ことを許す。

・子どもが問題をもつことを受容する。

・子どもは自分とは別人格であることを認める。

・独力で問題を解決していく子ども自身の、内なる力を信じる。

 

助ける側、つまり聞き手の親が、問題は相手(子)の所有であることを認め、相手(子)が自分で解決法をさがすのを、はじめから終わりまで許すことができなければならないのです。しかし、ほとんどの親は、子どもから問題の所有権を取り上げたいという気持ちにかられてしまいます。

 

 子どもが自分の意見を非常に強い調子で述べたり、ゾッとするほど単純で未熟な考えを平気で口にすると親はびっくりさせられます。

親としてはすぐに子どもの話にとびこんでいって、適切なことを教えるとか、広い視野のある子どもにしたくなるでしょう。

でも、結局親がいちいち首を突っ込むと、子どもにそっぽを向かれるか、子どもの感情を傷つけ、お互いを傷つける言葉を投げ合う争いを開始するかのどちらかになってしまうでしょう。

 

トマス・ゴードン博士が親に投げかけたい疑問・・・・

・子どもはあなたと同じような考え方をしなければならないのか?

・どうしてあなたが子どもに教える必要があるのか?

・あなたの意見と異なった意見を認めることはできないのか?

・この複雑な世の中で、子どもが自分なりの見方ができるように助力することが、あなたにはできないのか?

・未熟でも子どもが自分で問題を解決しようとしている姿をそのまま認めてやれないのか?

・あなたは自分が子どもの時、世の中の問題に対して自分なりの面白い考え方をしていたのを、忘れてしまったのか?

 

親が、脅し、説教、教訓、評価、皮肉、判断、話を逸らすなどで片づけると子どもは次第に心のカーテンを閉ざし、永久に親の心と自分の心とを分けてしまうようになるとトマス・ゴードン博士は述べています。

 

 

 子どもの人生の方向を決めるハンドルの上には親の手がある。

親が子どもの手からハンドルを横取りし、ある特定の方向に子どもを導こうとすれば、当然、抵抗が生まれる。

子どもは、親が自分に何かしようとしていると感じる。

そういう間接的な支配はいやなものである。

自分の独立性が脅かされると感じるからである。

 評価を下し、教訓を垂れ、忠告を与えることで、親としての助力する機会を逸してしまうのです。

と、この本は親たちに警告を鳴らしておりました。

 

私は、「親業」の本を読んで、過去のニュースを思い出しました。

かなり昔の事件だったのでうろ覚えですが、当時中学生だった息子が「母親が勉強しろ、勉強しろってうるさいので殺した」と、シングルマザーの母親を刃物で刺して殺害した事件でしたが・・・(;一_一)

あまりに親が子どもに干渉し過ぎると、子どもの手で親を終わりにさせられるのだなと思いました。。。

 

 

まだまだ親業については書きたいことがあるので、次回も親業について書かせてもらいます★